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古本とビールの日々


by oxford-N

オックスフォード便り 178 「ジョンソン伝」

ジョンソン博士といえば、イギリスの知性の代名詞となっている。とくにその「常識」はまさにイギリス精神を代弁しているかのようで、重んじられてきた。

肖像画を見ても近寄りがたい雰囲気が漂っている。重々しいというか…。
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あの口うるさいT. S. エリオットでさえも、「ジョンソン博士と意見を違えることは危険である」とジョンソン博士の人生訓を尊重する見解を述べている。

「詩人伝」では伝記のひな型を作り、「英語辞典」では辞典の規範を作り上げた。前者は漱石がなけなしの留学費で購入し、買った日にその喜びをしたためているほどである。

そしてジョンソン博士にはふたりの評伝作家が偉人伝構築に一役かった。岩波文庫の抄訳「サミュエル・ジョンソン伝」はボズエルが書いた。完訳はみすず書房から出ている。

もうひとりは有数のビール製造業者の妻スレール夫人であり、やがてイタリア人音楽家ピオッツィと再婚するその女性が「ジョンソン博士の想い出」をものした。
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ジョンソン博士は、ボズエルからは神のごとくしたわれ、ピオッツィ夫人に対してはボズエルの情熱に負けないくらいの熱情を傾けた。

夫人はサロンを開いており、ジョンソンはそこの主賓であり、ジョンソン・ルームまで設けてあり、ジョンソンは一年のうち何十日も客人となり、ながく滞在した。
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この本はふたりの伝記作家の交流を書簡中心に描いたものであり、表紙は夫人宅の朝食風景であり、正面左がジョンソン、中央がボズエルである。三人の関係がうまく描かれている。

主護神ジョンソンをめぐって、当然、ボズエルと夫人とは「犬猿の仲」である。多少の差はあれど、両者のジョンソン伝はジョンソン聖人像を創りあげるのに大いに寄与した。

だが今日、ジョンソン自身の作品は図書館で大部分はほこりをかぶり、試験のときしか学生は手を伸ばさない。一般の読書層は、まず誰も読まない。

日本でも同じ状況である。吉田健一はジョンソンの主要な著作2点を訳している。でもそれらを今日、読む人がいるだろうか。英国本国でもまずは読まれていない。

でも新聞雑誌の類にはたえず「ジョンソンいわく…」と引用される。ボズエルのジョンソン伝ゆえに「生きている存在」となって重きをなしていると言っても過言ではない。

ようやくその聖人伝説からの脱却が着手されようとしている。ジョンソンの実像が洗い直されていく過程を次回にご報告したい。
by oxford-N | 2009-01-15 07:33 | 古本