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古本とビールの日々


by oxford-N

オックスフォード便り 43「もう若くない」

オックスフォードの空は晴れわたり、しかも日曜日、しかもロンドンで古書展がふたつ。これ以上何を望むことがあろう。バス停までスキップしたくなる気持ちを抑えて転がりこむように搭乗。牧草をはんでいる牛までが躍り出しそうなくらい抑えがたい胸のなか。一路、ロンドンへ!
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会場についたらいつもの人の列。どうぞお先に、気持ちに今日は余裕がある。100以上あるブースをゆっくりのぞいていく。これは前回にも出ていた本だ、見覚えがある。表紙うらの値段をみると古い値段に横棒を引いて、値下げしている。「早くお嫁に行きなさいよ」とやさしく棚にもどしてやる。

最初から半額表示を出している店がある。欲しかった本が貸し本流れで出ている。状態はまずまずなので購入することに。当時は小説も高く、現代の2、3万円相当であったから誰も買えない。そこで貸本屋が登場というわけだ。ミューディの札が貼ってある。ロンドン一の貸し本業者である。買った本はアルプス紹介の訳本。訳者はL.スティヴン(1861年)。

前半のツキはここまでであった。あとは惨憺たるもの。砂漠を歩いているようだった。こんなに張り切って上京してきたのに…、と愚痴のひとつもこぼれようというもの。午後の会場であるホリディ・インにたどりつく。

低調がつづき、ついに絶不調に。もうあと一列しか店は残っていない。ところが角を曲がると奇跡が起きた。ずっと探していたW.ランドール全集が。状態もいい、16巻揃いの完本である。500部限定版で、「印刷後は組版を解体する」とある。ここまで文句なし。あとは値段。170ポンド。これも悪くはないがこのままいい値で求めては古本道がすたる。

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「これ日本へ行きたがっているよ」と軽くジャブ。「きのう仕入れたばかりだから、値引きは無理だ」とニベもない。「そうかせっかくなのに残念だ」と言いかけたら、「150ポンド、これが最後」とまだ最初なのにつっぱる。「欲しいけれど、ちょっと高いなぁ」と引く。両者、硬直状態におちいった。

「じゃ場内を一周してくるから」と言い残し立ち去ったが、胸の高鳴りはおさまらない。でもここが勝負時だ、と自分に言いきかす。戻ってきてみると、ポツンと親父がひとりつくなんでいる。「もう探りあいはいやだから、鶴の一声でいこう」と強気の提案を。小さな声で、「120ポンド…」とかえってきた。よし手を打とう!

勝負は勝ったと思ったが、そんなに古書の虎の穴は甘くはない。おやじの復讐がはじまった。この16巻の全集をどうして持ち帰るか。難題である。郵送してもらえば簡単だが何のために粘ったか意味がなくなる。一方、内心では「簡単にもてる」と楽観していた。

かつて、といっても8年前のことだが、段ボール箱4箱をロンドンからオックスフォードまでタクシーとバスを乗り継いで楽々と運んだ「実績」があった。大英博物館前の古書街をぶらついていたら、ショーウインドウに「閉店」の大文字が寝そべっている。

また客寄せの閉店セールだろうと店をのぞくと、店番とおぼしき男女が何か怪しいムードになっている。完全にふたりの世界。このままでは大変なことに、と気を利かせ、咳ばらいをひとつ。こちらに気づき二人は離れ照れくさそう。ふと棚をみると以前から欲しかった本の数々。よだれが出そうになった、これは一体…。

某研究者の部屋からそのまま運んできたが、もう閉店するのでもって行ってくれという。僥倖とはこのことか。という次第でまとめて購入することに相なった。段ボール4箱ができあがり、意気揚々とオックスフォードへ凱旋し、カレッジ中をたたき起し、乾杯!

過去の栄光がまずかった。今回も軽くいけると楽観していたのだが、8年の歳月はきっちりと身体に刻印されていた。今日買った本、全部で22冊もある。どれも電話帳みたいに重い本が目の前に4袋に入れられておかれている。「これをすべて持てと…」

「これをさげればマッチョになるよ」とオヤジは笑っている。これは復讐だ。力士のようなお前には言われたくない、と内心の声。清算を済ませ、握手を求めるといきなりハグされた。「ざまを見ろ」とでもいっているようだ。先方のお腹があたるハグもつらい。

地下鉄をラッセルスクエアからホルボンへ、乗り換えて中央線でマーブルアーチへ。遠い、無限かと思うくらい、重さが距離を伸ばす。下車してからがまた地獄。ハイドパークのバス停まで地下道をヨチヨチと歩く。

途中で腕がちぎれそうになり立ち止まると、寝ていたルンペンが起き上がり、「大丈夫か?」といたわりの声を。ルンペンから同情されるなんて…。浮浪者と古本の組み合わせがまた妙に悲しかった。

ようやく自宅へたどり着くと、青空は消え、天井の白い壁だけが延々とひろがっていた。古本道の教訓ひとつ。まずは体力をつけよう!古本の道はここからはじまる。

「もう若くはない…」——これが本当の教訓であった。(N)

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by oxford-N | 2008-07-14 20:56 | 古本