古本とビールの日々


by oxford-N

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先日のロンドン古書展で求めた1冊。The Pictorial Museum of Sport and Adventure というタイトルで、1890年の刊行。10ポンドだった。このところ子供向けの本が値上がりしている。少し高い感じだ。

ここでいう「スポーツ」とは運動ではなく狩猟のことである。『絵入り狩猟・冒険大百科』というところか。ほぼ1ページごとに挿絵が入っていて、なかなか飽きさせない。表紙絵の図柄も冒険世界へいざなってくれるいいできだ。

少年向けの冒険ものだが、世界の秘境にわけいり、猛獣や怪獣と戦うのだからこれはもう「少年ケニア」の世界である。手に汗を握る冒険談も楽しいが、秘境の解説も見逃せない。

なんとその秘境のひとつに日本が入っているではないか。無理もない。つい最近開国したばかりで、イギリスからはとてつもなく遠い国なのだ。今でも12時間も飛行機に乗ってきたといえば尊敬のまなざしで見てくれる。距離は秘境を作りだす。

日本の解説文は相変わらず中国と混同されて書かれている。かならず百科事典のたぐいで登場するのは、「お歯黒」の風習である。ここでも繰り返されている。それはそれとして、意外と正確な最近の伝聞をふまえて書かれていて好感がもてる。

「最近」とは、ペリーの「日本遠征記」をもとに叙述しているという意味だ。なかでも驚かされたのは、日本人は大の「宴会好き」で、ものすごい量の料理が供されると書かれている。これなどは中国のなんとか全席との混同ではないのだろうか。

興味深かったのは、日本人の女の子が「ボタン」を欲しがって、来日した外国人の後ろをついてくるという記述である。これには胸を突かれた。なるほど、日本の服は帯や紐で衣服を止めるような形態になっているから、ボタンなどはどこにも使わない。

和装から洋装へ推移しかけるその過程をみごとにとらえている挿話だと思う。それにたいして、代表的な日本女性とその子供の図が掲げられているが、どう見てもイギリス人の母娘である。
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今日の目からすると、「差別」と思われることが満載されている。マルクスのように上部構造と下部構造に分けて考えてみると、上部構造が突出していたら、すなわち自分にないものがあれば、それを拡大してみせる。白い皮膚と黒い皮膚という図式である。

誰でもうわべだけをみて人を判断してはいけないことを知っている。そう頭で分かっていても、感性はついてこない。女性がもっとも忌み嫌うゴキブリはいったい何をしたというのであろう?あの体の色がたまらなく嫌だという。何もないのに、気に食わない、という理由だけで相手を否定することは差別そのものである。21世紀に「虫愛ずる姫君」はいないのだろうか。

帝国主義と愛国心を称揚する少年読みものはいろいろな「考えるヒント」を与えてくれる。
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by oxford-N | 2008-08-30 21:27 | 古本
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『歴史のかげにグルメあり』を通読して思うのは、食欲と性欲が不可分であるということだ。とりあげられている人物のほとんどがこの関係を実証している。英雄、食を愛し、色を好む、という図式である。

菜食主義者でアナーキストの代名詞のような幸徳秋水がいい見本を提供してくれる。自己の信念のため、最低限の生活を強いられる。それはいい。でも、すべてが満ち足りたとき、どうなるか。

人間とはつくづく弱いものだという気がする。金銭が自由になると、どうなるか。「おからと漬物の生活」は、一転、「洋食屋で食事」をし、「酒を痛飲」するようになる。これまでの主義主張はどうなったのかと問いたくなる。大倉喜八郎の方が正直で好感がもてるくらいだ。

さて、満ち足りた食欲はどこへ向かうのか。「同志の妹」にまで手を出すような無軌道ぶりに陥る。「女性解放」を主張のひとつにうたっていたのが、むなしい。

「きびしい見方をすれば、秋水の人間的な弱さとして、身近な女性への性欲を絶てなかったように、肉や魚への食欲も絶てなかった、という側面があったのではないか」と著者は指摘する。

「人間的な、あまりにも人間的な」側面を秋水に感じる。人間、生きるために食べる、そして同時に、性欲が高じるというわけだ。前置きが長くなりすぎたが、この食欲と性欲の不可分さが、誤解を恐れずにいうならば、戦争を生みだす原因のひとつではないだろうか。

『戦争絶滅へ、人間復活へ』(岩波新書)は、未来への提言の書である。現代への遺言と言い換えてもいいような真摯な姿勢がつらぬかれている。聞き手、語り手を通じて、読者に「あなたはどう考えるのか」を問いかけてくる切実な書でもある。

落語家5代目柳家小さんの話が印象的だ。なんども「あざむかれて」、お国のために命をさしだした噺家は、「むくれているような」話芸をかもしだす。小さんの「むくれ」は、『きけ わだつみのこえ』の「言葉の裏側にある」「言葉にならない悩み」に通じる。

戦争は知らない間にはじまっていたとよく言われる。終戦は声高だが、開戦は、庶民レベルでは気づかないうちに進行してしまっている。ガンが身体をむしばむように、じつに恐ろしい進行ぶりだ。気がついた時にはすでに遅いわけである。

むのさんが最終章で、「3」のダイナミズムを説明している。「2」は安定しているが、つぎに異分子が入り、「3」になると、急に予期せぬ方向へ動き出し、もとの「2」の安定も揺らぎだす。この地上を資本主義がおおっている現在、「自由な競争」と「繁栄の自由」は「無限の欲望」をうみだす。資本主義の安定した「2」は、端倪できない「3」をうみだしてしまったわけだ。

食欲と性欲は言わずとも「無限の欲望」であり、資本主義の根幹でさえある。どうバランスをとるか、私たち一人ひとりがいま問われている。
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by oxford-N | 2008-08-28 19:38
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友人が日本から自著を2冊送ってくださった。こんなうれしい贈り物はない。あわてて読んでしまうと、そこに盛られているご馳走が逃げてしまうのではないかと恐れ、残るページを惜しみながら、少しずつ賞味させていただいている。

そのご馳走満載の本とは、『歴史のかげにグルメあり』(文春新書)で、著者は黒岩比佐子さん。歴史と食の組み合わせが意表を突く。食の歴史ではもちろんない。歴史のひとつの挿話として食が登場するかと思えば、そうでもない。

ここには生活の基本である食が歴史をつくっていくという視点がある。もうこれだけでうれしくなる。冒頭、ブリア・サヴァランの古典から、食が政治に及ぼす影響が引用され、そこから饗宴がはじまっていく。面白くないわけがない。

異国でひとり暮らしをしていて何が困るかといえば食事である。日々の食生活に不自由を感じているものからすれば、グルメは夢のまた逆夢のようなものだ。

それでも活字の力は恐ろしい。宮中で出された「伊勢海老船盛」などの一品をみると、不覚にもよだれが出てしまう。だからこの本を読むときには横にハンカチを忘れてはならない。ティッシュごときでは足らないから、ナプキンがわりにもなる。

まず第10章「ガーター勲章と宮中晩餐会」に興味がわいた。英国同盟を結び、明治天皇がガーター勲章を英国から授与されるため開かれた宮中晩餐会の様子が活写されている。

ここで関心を寄せたのは、ご馳走ではなく、主席随行員として通訳者もつとめたA.ミットフォードがどのように描かれているかという点にあった。

じつはこちらでした最初の仕事がミットフォード『古き日本の物語』の編纂であった。日本で入手できなかった資料もこちらの図書館で瞥見でき、友人の協力のもと、何とか本も出来上がった。フランス語訳をみて、テキストの選択にも過誤がなく胸をなでおろした次第である。
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ミッフォードの娘、孫娘まで、いずれも健筆そろいの人気女流作家である。日本にも何点か翻訳されている。そのうちの一人が『ミットフォード家』という本を著した。

そこでは由緒正しい貴族の家系が紹介されているのだが、そこにはわれわれが知っている慇懃実直な「主席随行員」の姿はない。じつに「人間らしい」、いや「男らしい」お爺様(ミットフォード)が登場してきて、破顔一笑なさしめてくれる。

その年代記を横において読むと、アーサー王子はいざ知らず、ミットフォードは「フランス料理の宮中晩餐会」よりも、ぜったいに「芸者つき日本料理の宴会」を好んだはずだ。三味線の音色に目を細め、最後の膳に箸をのばそうとしているミットフォードの姿をページから彷彿できる。

ミットフォードは帰国後、竹林を配した壮大な日本庭園を造園した。そこで桜を愛で、日本の月をしのんだであろう。たとえ横にスモークサーモンとウィスキーがあろうとも、心は日本で出された、あの「膳」が占めていたはずだ。

読んで食し、食してはまた読み、目で読み、目で食べることができる、おいしい本だ。
さぁ、いただきます!(N)
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by oxford-N | 2008-08-25 19:52
ヴァレリー・ラルボーがフランス文学界に名前を登録したのも訳業を通じてであった。わずかアリストファーネスの訳と15編の詩をおさめただけの詩集しかなかった文学志望者が、一念発起、10年の歳月をかけて、サミュエル・テイラー・コールリッジの傑作『老水夫』の訳を問い、認められるところとなった。
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前にもふれたが、幼年時代からヨーロッパを旅行して過ごすような生活が可能であったため、ギリシャ、ラテンの古典の素養に加えて、英語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ドイツ語が堪能で、まだほかにもルーマニア語、カタロニア語も自由にあやつったという。

戦後の沈滞した文学界が新風を望んでいたとき、アメリカの民衆詩人ホイットマンを紹介して、注目を集めたりしたが、汎ヨーロッパ的に重要になる事件がラルボーの身のうえに起きた。

ジョイスの『ユリシーズ』との出会いである。1920年のクリスマスにジョイスとパリで邂逅し、まだ『リトル・レヴュ』の連載中の第14挿話を読み、衝撃をおぼえ、友人に「片ときもユリシーズが忘れられない」と心中を告白している。

それからほぼ1年後、1921年12月7日にパリでジョイスの『ユリシーズ』について講演をする。まだ作品は刊行されていないので、ジョイスから原稿を借りて準備をすすめた。

じつはジョイスも紹介者、翻訳者を求めていた。ジョイスの誕生日である1922年2月2日、『ユリシーズ』はパリで初版が刊行された。そして4月1日号のNRFにラルボーの『ユリシーズ』についての講演記録が掲載された。

同10月にエリオットが自分が運営していた雑誌『クライテリオン』にこのフランス語の記事を翻訳して転載した。ほぼ10年もの間、ラルボーのユリシーズ論を超える評論は現れなかった。それほどの完成度を保っていたのである。

1929年に初めての『ユリシーズ』フランス語訳が刊行されるが、それはジョイス自身とラルボーが協力して、なしえたものであった。また、スチュアート・ギルバートが、抜きんでた批評『ユリシーズ論』を書くが、それもラルボー、ジョイスが手をかしたものであった。
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ラルボーは『読書という悪徳』のなかで、「一読者に甘んじ、最良の友にだけ、直接、愛読書を告げよう。その本は誰からも注目されていないが、20年もたてば有名になるはずだ」と、作中人物の口をかりてもらしているが、翻訳者としての自負にあふれたことばである。

ユーロスターの駅に立ち、パリの方向をみると、ジョイスとラルボーが出会った書店シェークスピア・カンパニーがかつてあったのだと思えてきた。(N)
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by oxford-N | 2008-08-22 05:40 | ベルギー
このパサージュをいかして開催されている古書展は、じつに本が見やすい。日本の古書展も会場にこだわることはないのではなかろうか。雨の対策さえできていれば、どこでも場所をえらばないと思うのだが。

今回、古本とのめぐりあいでうれしかったのは、1978年1月14日から2月25日までブリュッセルで開かれた「ヴァレリー・ラルボー」展のカタログを入手できたことだ。しかも13ユーロを8ユーロに値引きしてくれた。
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ラルボーについては、「オックスフォード便り」の第7回を参照していただきたいが、今回このカタログをみて再認識したことだが、ラルボーは、単なる「翻訳家」ではなかった。

そもそも「翻訳」にたいするとらえ方が、かなりフランス固有のものがあることにまず注目したい。

誤解を恐れずにいえば、フランスは翻訳を学問の中心に据えているようなところがある。学問的伝統になっているといいかえてもよい。

コルネーユ、モリエール、ボワロー、ラシーヌなどの例をみればよくその辺の事情がのみこめるだろう。これら古典作家たちは、すべてギリシア、ラテン文学を「翻訳」してから、自己の作品を書き出している。

ロンギナス、アリストテレスなどの訳をまず試みている。文学者として歩み出すにあたり、何を基準に歩んでいくかという示唆をえるため、ぜひとも必要な過程であった。

この伝統は、現代作家についてもあてはまる。クローデル、ヴァレリー、モーロワ、デュ・ガールは言うに及ばず、たとえば、プルーストがラスキンを、ジッドがコンラッドを、またボドレールがポーを、プレボーがリチャードソンを、「訳してから」世に出た例をあげれば十分であろう。

歴史的に有名な例をもうひとつあげておこう。デイドロが百科全書の編者に採用されたのも、イギリスの美学者シャフツベリーの翻訳が出版社の目にとまったからこそであった。

そのような次第であるから、翻訳は文壇への登龍門の役割をはたした。20歳のネルヴァルは、ゲーテの『ファースト』を、18歳のミュッセは、トマス・ド・クインシーの『アヘン常用者の告白』を訳して、文才を認められている。

1705年に『性格論』の名のもとに英訳された、ブルイエールの「翻訳」について、意味深長な言葉に耳を傾けてみよう――「翻訳は銅貨と同じで、金貨と同じ価値がある。利用に資する点からみれば、金貨よりも重要かもしれない。ただいかんせん、基本通貨であるため、いつも軽いのが惜しまれる」

間違っても、『悪の華』を、ポーの短編の「翻訳」よりも下に見るようなものはどこにもいないだろう。
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ラルボーにおいては、「翻訳」がさらに大きな役割をになってくる。それは彼自身のみならず、イギリス・フランスの両文化にとっても大きな転換をもたらした。(N)
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by oxford-N | 2008-08-21 14:07 | ベルギー
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ブルージュ到着2日目は、当然、古本屋巡りにあてられる。お目当ての3店とも閉店。祝日と重なったわけだ。残念至極。

ショーウインドウのガラスがベルリンの壁以上に高く、厚く感じられる。手に取りたい本が手招きしているが届かない。この悔しさを何に例えようか。

不遇をバネに次の手をうつのが古書道の定石。リル・フランダースへひきかえり、古書展をのぞく。オペラ劇場の裏手で古書市が開かれていた。捨てる〈神・紙〉あれば拾う〈紙・神〉あり。

下鴨神社のフランス版だ。いざ、出陣!

金曜日だが多くの人を集めている。めぼしいものを次から次へと手にとって、絞り込んでいく。やはり革装丁が多く、手にズシリとくる。いい感触だ。
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リルはドーヴァーからも近く、英語の本も多く交じっている。英仏むつまじいのはいいことだ。それにしても英語からフランス語への翻訳の多いこと。

コナン・ドイル全集26巻揃えなどの横に、ミュッセ全集がある。皮の状態も良く美本だ。100ユーロは安い。でも今すぐという類の本ではないので、見送ることに。このように迷ったときは買っておくべきなのだが…。
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キップリングの『キム』が1800年代の皮装で、大版、美本で出ていたので求める。30ユーロ。横のバイロン詩集も欲しいが、『キム』をとる。

さすがフランスの古書だという品揃えの数々、つぎのブースへ早くも気持ちは移っていく。どんなドラマが待ち構えているのか、はやる心を押さえながら。(N)
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by oxford-N | 2008-08-18 18:34 | ベルギー
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ムール貝が季節で、イギリスでもスコットランド産のものがよく流通している。でもなんといってもここベルギーが本場である。国民食といっても過言ではない。

1キログラムくらいが1人前。下洗いをした後、大きい目の鍋に、オリーブオイル、バターを少量熱し、そこへ水洗いしたムール貝を入れ、強火で熱する。

この熱するとき同時に入れるものによって味は決定される。あっさりとハーブのみもいい。少量の白ワインもあう。濃い味が好みの方はスープストック、生クリームをこの時に加える。

白ワインとセロリがもっとも好まれているようだ。貝が大きな口を開けてくると、蒸しあがっている。鍋ごと大きく振り、味をまんべんなくいきわたらせるといい。

付け合わせは、誰が何と言おうとも、フレンチ・フライが最高。これもジャガイモの選択から、切り口、揚げ方まで、腕が問われる。熱いポテトをさますため、ムール貝のジュースにひたして食するとたまらない。

食べ方は指で空の貝殻をフォーク、スプーンがわりにあやつる。鍋底が見えるくらい無心に食べつくすと、ビールからワインへと、自然とうつっている。

東京でもベルギービールを出す店が増え、蒸したムール貝をだすようになった。ただいかんせん、量が少なすぎる。10粒くらいしか盛ってこない皿をみると、無性にベルギーのムールが恋しくなる。(N)
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by oxford-N | 2008-08-18 07:52 | ベルギー
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ひさしぶりの小旅行だ。オックスフォード、ロンドン、リル、コルトリークへと乗り継ぎ、夕方、ブルージュへ到着。ユーロスターは満席だった。新幹線料金とくらべると破格の安さである。

到着後、石畳の路地をたどっていくと、聖堂が目の前に立ちはだかり、また帰って来た、という感慨がわきあがってくる。いつ訪ねてもやさしい街である。

旅装をとくと、すぐに友人と会った。ブリュッセルから車を200キロで飛ばし、駆けつけてくれた。ハリウッド映画『ブルージュ』の撮影がおこなわれたビストロで食事をとった。
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いまが季節であるムール貝の蒸し物、ブルージュ名物、牛肉のビール煮こみなどが食卓を飾り、お互いの近況を語り合った。ビール、ワインの杯が重ねられる。

食後、微風を感じながら、ブルージュの街を散策する。夜の運河は波もなく穏やかそのもの。恋人たち、老若男女の旅行者たち、すべてが、黒一色の点景となっている。そして月の光が街全体をつつみこんでいた。

1632年の建物のままのホテル。天井の梁が高くあげられていて、開放感を誘ってくる。でも、急に梁が揺らぎだした。移動の疲れのためか、目がもうあかない。眠りのなかへとけこんでいった。

ブルージュの街全体が時の谷底にいる。(N)
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by oxford-N | 2008-08-16 20:43 | ベルギー
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高校生のころ、近くの古本屋で、まだ岩波文庫に入る前の『金枝篇』を見つけて、夢中で読んだ。生活社から出た粗末な紙に印刷された本だった。装丁は今も鮮明に覚えている。

岩波文庫で全5巻。影響力の点では20世紀の古典中の古典であろう。この著述がなければ、現代文学の風景はちがうものになっていたであろう。端的な例として、詩人エリオットが『荒地』の自註で、はっきりと「恩恵」認めている。

読んだことがなくても、フランシス・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』の枠組みにつかわれていた作品といえば、わかるだろう。王殺しのモチーフも踏襲されている。

長年、このような作品は、どのような作者によって書かれたのだろうと思っていた。積年の夢の一端が今回の古書店でかなった。1ポンド均一台のなかにまじっていた。

やさしい爺さんのようであるが、眼光がただものではない。苦学の人ではないが、超人的な努力の人である。大学から栄誉あるポストをあたえられても、すぐに辞任してしまう。「研究の時間が割かれるから」というのが口癖だった。

『金枝篇』は、1890年2冊本で、1900年再版全3巻、1911-14年第3版全12巻で、出版された。1935年に12巻すべてがフランス語に翻訳された。アナトール・フランスが『金枝篇』を、「傑作」と絶賛したため、不動のものとなった。

柳田國男が書斎で、この浩瀚な『金枝篇』を背景にして、撮った写真をみたことがある。柳田は、「洋書は色気があっていい」といっていたそうだが、ほかに何か意図があったのだろうか。

岩波文庫の底本は、著者によって編まれた、縮刷・簡略版である。この一巻本は、人類学、民俗学の本でこれほど売れた本はないというくらいのベストセラーとなった。現在も版を重ねつづけている。

今昔物語のように、各説話はひとつの物語としてまとまっているが、これらが連鎖をして、提示してくる物語系を、フレーザーは、人類学者が「未開人」の心性を分析する方法論でもって、古代人の宗教を分析してみせた。

フレーザーは徹頭徹尾、「事実の人」で、すべてが事実の光であぶり出されるのを見届けようとした。ここにも人知を、科学精神で分析しようとする人類学者がいる。同時に、詩人でもある文才が叙述に輝きをあたえている。

大学の研究室で、あらゆる記録に目を通し、「未開人」の宗教、心性にまつわる記録を検討した。自分は動かないで操作するため、「アームチェアーの人類学者」と侮蔑まじりの評価を与えられたりもしたが、膨大な業績がすべてを物語っている。

本書は、いわば『フレーザー随聞記』のような体裁をとっている。視力の低下に苦しめられ、資料の読解を補助した助手アンガス・ダウニンの手になる。だから世間的な伝記にはない面白さがある。

1931年、急に全盲におちいり、それからも10年以上、研究をつづけた。1941年5月7日に息をひきとるが、妻リリーもそれから7時間後に後を追ったという。(N)
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by oxford-N | 2008-08-14 07:15 | 古本
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土曜日、日本から友人がはるばるロンドンまでやってきて、暑中見舞いの品を届けてくれた。神戸のアップルパイを持参してくれ、久しぶりに「あの味」と対面した。

友人は、9人だけの乗客を乗せ、隣の乗客の顔も見えない、ファーストクラスで飛んできただけあり、泊まるホテルも豪勢そのもの。

翌日はロンドンで古書展だったため、そのメゾネットの部屋に泊めてもらった。針が落ちても響くくらいの静けさで、ここが都心かと、どうしても実感できなかった。あまり静かだと、逆に眠れないものだ。

翌朝、いっしょに散歩をして、再会を約束して、別れた。その足で古書展に駆けつけたのだが、どうも客が少ない。その少ない客が30分もすると半分くらいになってしまった。冷夏のロンドンも「夏がれ」か、と疑った。

各ブースを回っていると、変な札が貼られているのに目がとまった。午後2時から、付け値の半額にするという。さらに30分ごと、4時までデイスカウントをつづけ、最後は80パーセント引き、つまり20パーセントで売るという。

つまり100ポンドの商品が、閉会1時間前には20ポンドになるという。それでも客は増えそうにもない。3時ころには古書店関係者のほうが多くなっていた。お目当てのものが3,4点あるので帰れない。

近所をゆっくり散歩してみたりしたが、時計の長針は鉛がついたかのように、いっこうに進まない。用心して午後4時になる15分前にもどってみた。それでも客はちらほら状態。

ところが、4時になった瞬間、もう人垣ができていた。どこに潜んでいたのか分からない。夏の怪だった。でも首尾よく、欲しかったラスキンの『モダン・ペインターズ』全6巻を落手した。30ポンド。「少し黒ずんでいるようだが」と抗議すると、5ポンドさらに値引きしてくれた。

深い緑の元版で、全5巻に6巻目の索引がついた完本だ。旧鷗外全集の別巻がきき目であったように、この索引がなかなか出ない。満足、満足。友人のファーストクラスとくらべれば、ささやか過ぎて比較にもならないが、歓びは勝るかもしれない。
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ラスキンのこの作品がわが明治文学に与えた影響は甚大だ。藤村をあげるまでもなく、多くの文人が第3巻の「雲」の観察にひかれた。ターナー擁護の書だが、ラスキンの自然観察に感銘した。大菩薩峠の介山は、ラスキンが描いた雲の絵をさらに模写までしている。

売ってくれた店主に、5時になったら90パーセント引きにするか、と問うと、「殺す気か」とにらまれた。(N)
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by oxford-N | 2008-08-13 05:16 | 古本