古本とビールの日々


by oxford-N

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寒冷前線が急に迫ってきたなか、急遽、コーンウォールはペンザンスの地へ旅に出た。きっと温かい地がまっているだろうと期待したものの、みごとに外れた。
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オックスフォードの方がはるかに暖かい。車窓から波が逆まく海を見たとたん、「これはだめだ」とあきらめた。

セント・マイケル島への上陸は諦め、街の中心で「古本漁り」で暖を取ろうと、古本屋を探し始めたところ、みごとに遭遇した。
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しかもドアのところには「全品半額、10ポンド以下の商品は1ポンド以下に」という、うれしい張り紙が目に飛び込んできた。

入店してすぐの棚に「セルボーンの博物誌」の珍しい版があった。値段をチェックしてみると250ポンド。
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どうやら値つけは辛めである。雑本の宝庫だが、よく整理されている。日ごろから欲しかった本、探していた本を抜き出したらたちまち10冊ほどになってしまった。

全部で8ポンドのまた値引きしてくれた。

もっとも気にいった本は『読書の歴史』。2006年に出た近著だが、内容がいい。目配りよく各国の読書事情をよく抑えてある。
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日本は世界でも冠たる出版王国で、その古来からの特異な出版文化誌にふれ、活字大好き人間で、日に2度もちがう新聞を読む国民であると紹介されている。

だが、最終章は、テクノロジーの発達が読書習慣を一変させ、「読書の終焉」という黙示録のような結論に導かれていく。

携帯電話で読書するような新しい読書空間が生まれる一方、ハリーポッターのような「分厚い本」も手に取るという、回帰現象が同時に起きている。

「わたしたちが私たちの読む本そのものであり、、読書は読者そのものである」――この言葉は、テクノロジーの変化を超えて読書が生きながらえそうな予感をいだかせる。

皆様、どうか素晴らしい年をお迎えください。
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by oxford-N | 2008-12-31 21:47 | 古本
世に「シャーロキアン」なる人々がいる。機会があり、何度かこの同好の会にお邪魔した。
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アーサー・コナン・ドイルがのこした56編のホームズものを耽読し、その「聖典」の教義を、犯人を追いつめる探偵の如く、解明しようとしている。

マニアの世界のすごさに怖じ気づき、これは近寄らずにこしたことはないと思い、距離を置いて見ていた。

その会の何人かの方と知り合い、個人的に話しているうちに、別にホームズはそんなに好きではない。ただスリラーが、鉄道が、イギリスが、旅行が好きだから入会しているという方が多くいることがわかった。

つまり大きく網を張ると、ホームズの世界よりも英国が好きだという人の方が絶対数で多いとお見受けした。

そんな折、ホームズものが200点ほど廉価で古書展に出たので、「聖典」全2巻を10ポンドで購入した。開巻するなりシャーロキアンの世界が広がっている―――
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この「聖典」の世界の道案内をする司祭ウィリアム・ベアリング=グールドなる御仁の注を下す熱意には圧倒される。ホームズのすべてが解明されていく。

ガス灯に浮かぶホームズというイメージが先行するが、この注でガス灯を調べてみると、ホームズの時代、高価で家の中心の部屋にひとつともされていたくらいで、他はすべてオイル・ランプであったと明記されている。

情報にも事欠かない。神戸北野坂にホームズの部屋なるものができて人気を集めているが、ベーカー街の「元祖」の由来などまことに英国らしい記述とユーモアに満ちている。

ベーカー街に再現された部屋を「聖典」と比較して、忠実でない点をあげ、訂正しているのも妥協を拒む英国魂とみた。
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このイラストは、1951年、シャーロック・ホームズ展図録表紙からである。この日からでもすでに半世紀以上の歳月が流れている。

「聖典」への注釈作業は文化史の再構築の作業である。これはすばらしい。何でも食わず嫌いはいけないという教訓であった。
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by oxford-N | 2008-12-23 21:05 | 古本
最近は感性が摩耗して鈍感になったのか、多少のものを読んでも心動かされることがない。
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日本から親切に評判の本を送ってくださるのだが、これはこれでよくかけているという段階でとどまり、感動の波に襲われることはない。

そんな時に、近所のアシュモリアン美術館が制作した企画展「巡礼」の図録を古書店で入手した。

世界各地の聖地を目指す巡礼者とその聖地の歴史的な解説が添えられている。巡礼をめぐるひとつの文化史になってる。

各宗教によってさまざまな形態の巡礼とその聖地がある。
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だが、「歩いて」聖地に向かうという営為には人間に共通した動機、信条があるはずだと考え、どうもその中心課題が黄薄ではないか、と疑問に思った。

ところが最後に巡礼体験記があった。「奇跡のとき」というエッセイは、ひとりの女性の身の上話からはじまる。

母親が癌に侵され、2年後に死去。癌のすさまじいトラウマがまだ去らない時に、息子が交通事故で瀕死状態に。娘は拒食症で重体に、兄弟が重度の心臓発作におそわれる。

さらに、夫と共同でしていた事業の破産、その夫との離婚。セラピストの治療を受け、回復を図ろうとするが、この25年生きてきた人生の意義を見いだせない。

自分の内側から変えなければならないと決意し、新しい方向を見つけようと、長い距離を歩いてみようとする。

その道中でのいろいろな人との出会い、肉体を極限まで追いつめる意義、そこで見いだされる精神と身体の関係、他人への思いやりなどがつづられていく。

最後に目的地に到達したときの名指しできないほどの感動がわきあがってくる
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。奇跡は自分でおこすものだという声ならぬ声が訴えかけてくる。
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by oxford-N | 2008-12-23 20:04 | 古本
ガイドブックで今や御三家に入る「ロンリープラネット」がこの12月より月刊誌を創刊した。
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特集は「パリ再発見」、「冬の英国ベスト30選」などなど。付録に2009年度のカレンダーがつく。いたせりつくせりの感がする。

「絵ハガキにようにきれいな情景」で、アメリカ人女性記者が推薦する京都の茶道。そこへ登場する舞妓さん。京都の静寂を茶の世界に求める。
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日本は世界のエチケットでまた登場する。「日本でお辞儀をされたらどうするか」という日常の挨拶にたいする解説がある。
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「初対面の外国人にそこまでの細かさは求められていないから、軽く会釈でかえす程度でよい」

日本の挨拶は複雑極まると思われているそうだ。お見合いや法事でも正座ができない人が多くいる時代なのに挨拶ももっと軽くならないものだろうか。

新鮮な切り口で世界が紹介されている。次号が楽しみだ。ワンコインで買えるのも手軽でいい。さてどこへ行こうかな?
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by oxford-N | 2008-12-19 19:31 | 日々の情景

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クリスマスは動物たちの受難の日でもある。香港の人と同じくらいイギリス人は何でも食べつくす。市場の肉屋は大忙しである。

このイノシシも冬眠でゆっくり休むところだったのにハンターにやられたのだろう。日本のように鍋にはしないで、パテをつくる材料になる。
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ウサギさんも例外ではない。フランス料理の定番となっているため、ここぞとばかり需要に拍車がかかる。

だが、極めつけはターキーである。そもそも英国人は食べなかったのにアメリカの風習に染まってしまった。その結果、壁一面でも足らず、三面に吊るされている。
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クリスマスにカーニヴァルの残響があるのはおもしろい現象だ。不思議と、動物愛護団体やヴェジタリアン、動物実験反対団体もクリスマスになると寛容である。
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by oxford-N | 2008-12-19 05:42 | 日々の情景
クリスマス準備で市内を駆け回っているのがこの自転車である。前輪を小さくしてその分荷物をたくさん積めるように工夫されている。
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一度乗せてもらったが、なかなか乗りやすかった。でもあくまで運搬用だから遠出には向かないだろう。

後輪の大きな鍵に驚かれる向きもあろうかと思うが、オックスフォードは自転車泥棒で有名である。友人は7台も連続で盗まれ、4つもカギをつけるようになってしまった。
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サンタクロースなどどう扮装しても変わり映えしないのに、サンタクロース仮装大会なるものがあり、街にサンタがあふれてしまった。

でもこの衣装10ポンドもしないのだから、一着買っておくと何年も使えて重宝かもしれない。ついにクリスマスまで1週間を切った。どうなるのだろうか。
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by oxford-N | 2008-12-19 01:57 | オックスフォード
輝くクリスマスツリーをお届けしましょう。最初はボドリアン・ライブラリィの窓から見えるツリーです。
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ボドリーの守護神のように両脇に立つツリーです。
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これはオックスフォード大学出版局の中庭に立つツリーです。
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ロンドンはピカデリーに出現した人間ツリーです。後ろのおじさんと比較すればどれくらい高いかお分かりになるでしょう。
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by oxford-N | 2008-12-17 06:34 | 絵画
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ロンドンで開かれたルイス・キャロル協会のクリスマス・パーティに参加した。参加者一人一人が力を合わせたすばらしい会であった。

予定の時刻に向けて一緒に会場設営を手伝ったが、これが思わぬイギリス式お迎えの仕方を学ぶことになった。

ありきたりのテーブルがたちまち輝く式台へと変貌する。コーティングした紙を張るだけでこんなにも変わるものなのか。
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お手製の料理も抜群だった。毎日曜日のローストで鍛えた腕を披露とばかりみごとな包丁さばきでターキーを切り分けてくれる。ソースも祖母直伝とかでなかなかの味だ。

わたしはワイン係を仰せつかった。いかに美味しくたくさんの飲んでいただくか工夫をしてくださいとの御下命。

両手に赤ワインと白ワインを持ち会場を回ったがこれが好評だった。グッドタイミングを連発された。なかには「トヨタ方式」というわけのわからないコメントも交じっていた。
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式はクイズ、ビンゴゲームと進み、佳境に進んだところで「仮装大会」が登場。今年の見事優勝をかっさらったのは「白フクロウ」。お面が蒸れてしまい汗まみれだった。

日本の協会のこと、日本の印象、日本旅行などに質問が集中した。ここまで会が進んできて、どの趣味の会もが直面している問題が露呈してきた。

若い会員の不足である。見渡してみると老齢化は否めない。この高名なクラブでさえ、若い人の気持ちをつかめないのか、趣味の多様化によりやむを得ない現象なのか。
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現在は何も入会しなくても種々の情報は入ってくる。それに人とのわずらわしい接触に悩まなくてもすむ。どうも「同好の士」だけでより合うという時代ではなさそうだ。

アリスはどこへ行くのだろうか。でもキャロルの寛闊(かんかつ)な微笑に見守られながら、ひとりひとりが手をたずさえていけば会は持続するであろう。

ゴミや空き瓶を参加者が持ち帰ったことも印象に残るいい会合であった。あまりに気持ちが和んだのでひとりでパブへ寄り祝杯をあげた。
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by oxford-N | 2008-12-16 06:40 | 古本
黒岩比佐子さんの最新刊、『明治のお嬢さま』を、ロンドンへ行く車中で読みだし、ロンドンの地下鉄に乗ってもやめられず、ついにはパブへ直行し読みつづけた。
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「巻置くあたわず」とはこのことか。とにかく面白い。一読三嘆『明治のお嬢さま』である。人生を深く考えさせてくれるところが面白いといえようか。

巻頭、あの岩波文庫の表紙を手がけた画家、平福百穂の筆になる「お嬢様すごろく」が示されている。(「すごろく」という言葉が死語でなければよいが)

これが本書の見取り図になり、じつに楽しく読みほぐされていく。でも侮るなかれ、本書は1880年代から1890年代にいたる近代日本「女性史」にもなっているので、楽しんでばかりいると「振り出し」へ、という羽目になってしまう。

とにかく明治のお嬢さまは大変である。いくら努力しても「美麓」でなければ失格の烙印を押されてしまう。出自や家柄、ましてや容貌は本人が選べないだけにつらい。多少化けたところでどうなるものでもない。

女性でなくても三拍子揃うのは人間、ほぼ不可能である。そんな奇跡のような美人を妻にしながら、10年間もひとりぼっちで「さびしい思い」をさせた男性がいたというのも驚きだが、ここに男女の機微が隠されている。

こんな美人を妻にして、どうしてあんな女に走るのかという類の話は世間ではよくある。ある時、そんな当事者に立ち入って聞いてみたことがある――「どうしたあんな美しい人がいながら…」、と。

いわく、「いくらステーキが美味しいからと言っても毎日では飽きて、胸にもたれてしまう。たまにはあっさりしたお茶漬けがいい」と。
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こころみに、柳原百連の写真(235ページ)を見てみるがいい。ため息しか出ないほどの美しさである。でもこの美しさはよく見ると哀しみをひめた美しさである。

美しければ美しいでまた大変なのだ。本書には、そのような意味で(?)凡人を勇気づけてくれる「真理」が隠されている。美しさだけが幸せにつながる、すべてではない、と。

その証拠にイギリスでは日本人女性のもて方が突出している。オノ・ヨウコを見よ、マークス・スペンサーの妻になった女性を見よ。「美」は関係ないのである。ところ変われば、の話ではあるが…。

一方、日本人男性はイギリス人女性からはまったく相手にされない。やはり「美」が問題なのだろうか。死の烙印を押されそうで恐ろしくてまだ質問できないでいる。

願わくば、『明治のお嬢さま』の著者に、姉妹版温情編『明治のおぼっちゃま』を書いて頂いて、われわれ男性を勇気づけてもらいたい。
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by oxford-N | 2008-12-15 20:04
紀行書の方にもすばらしいものが出品されている。予算が許せば欲しいところだ。たとえばエルギン卿の中国、日本随行員をつとめたロレンス・オリファントの日本訪問記の2巻本はいい。

元の所有者が慈しんでいた証拠にすばらしい装丁がほどこされている。アビシニア旅行記2巻といっしょで、予想価格200ポンドから400ポンドの間と出ている。

いま日本年はポンドに強いから、26000円から52000円の幅である。神田価格からいうと半額以下である。それどころか後者をうまくさばくと、前者はタダに近いとみてよい。

エルギン卿の方だけでこの新品と見紛うような装丁では、二十万円の強気の価格を表示するところも少なくない。K書店、S堂といったところ。
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この本は刺客に襲われた記述ばかりが有名であるが、日本の風物も捨てがたい魅力をたたえている。でも記述は忠実だが、色彩版の挿絵はそうもいかないようだ。

たとえばこの田舎道。馬の手綱を持っている少年は、黒人である。丘の下に広がる街の光景は、どうみても瓦や茅葺の日本家屋ではない。

1859年の日本の姿ではない。今日でも怪しいものだ。でも、歴史的な瞬間はうまく捉えられている。
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イギリス側と対日本と対中国の交渉の相違も面白い。まるで他人事のような日本側の態度は、誰もが必死になっている中国側と大きな差がある。

国の明暗を分ける瞬間だけに、日本側の悠長な態度が気にかかる。開国に対して優柔不断な姿勢はどこか今日の日本政府とよく似ている。
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この時、通訳はおそらく全国からかき集めても、5人もいなかったであろう。むしろイギリス側が日本語のわかる通訳を用意していた。

それから2008年、これは1859年であるから、今、ホンダやソニーの工場閉鎖や人員縮小のニュースが世界を駆け巡り、激震を与えている。本当に日本はよくやってきた。

すばらしい国だと思う。でも政治はいつまでたっても子供である。この落差をどう考えたらいいのだろう。
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by oxford-N | 2008-12-13 05:46 | 古本