古本とビールの日々


by oxford-N

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先週の土曜日、オックスフォード・ブルックス・ユニヴァーシティで古書展が開かれた。75店舗が出店する盛況ぶりで、本好きがワンサと集結した。
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探していた本を何冊か購入できたのはよかったが、また買えず、書影が目の前に浮かんできては消える「後遺症」も引きずってしまった。

会場となったのは、新設大学で真新しい校舎であるが、帰路、振り返ると古色蒼然とみえた。

なぜこのようになったのかというと、それが一番欲しかった本だから、というまっとうな答えがでてきた。

その本は「ラスキンの日記」である。1960年代にオックスフォード大学出版局から出た3巻本の完本で、値段が230ポンド。うまい微妙な値付けだ。
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160ポンドならば即に買っていた。自分で設定した値段は動かし難いようだ。180ポンドなら妥協しただろう。

購入した本もこの日記の前ではかすんでしまう。ではどうしてこの日記1本に集中しなかったのか。ここが悔やまれる点である。

こんな後遺症に悩むようでは、まだまだ修行が足りない。値段が張ろうとも、「1番欲しい」ものを絶対に買うことにしよう。
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by oxford-N | 2009-01-30 20:13 | 古本
今日の「タイムズ」によると、イギリスは過去60年で最悪の経済状態に陥り、先進国のどの国よりも悪くなる、との見通しである。
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昨日、露天商の古本屋が「買ってくれ」と差し出した本が、「大戦下の英国」という写真集であった。タダ同然なのでもらっておいたが、勇気を与えてくれるいい本であった。

古書店で時折まっ黒な本に出会うことがある。この写真を見て合点がいった。2万6千冊の本がほとんど反古同然になったという。
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神戸の震災時を思い起こさせるような写真である。これがピカデリーの地下鉄の駅だとは信じられない。子供の笑顔が救いである。
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どんな逆境にあれど、「この余裕を忘れてはいけない」というような教訓的な写真になっている。
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何百枚とあるこうした写真に目を走らせていると、「こんな経済不況くらいどうした」という気持ちになってきた。
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by oxford-N | 2009-01-29 17:10 | 古本
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日曜日、天候にも恵まれたので小一時間ほどオックスフォード運河沿いを散策した。目的地は「ます亭」。清流のそばにあるパブである。

草原が一面に視界を占める。鉄道の駅からすぐにこのようなコモンと呼ばれる草の海原が広がっていく。このイギリス特有の風景はどのようにして生まれてきたのだろうか。

すぐ横にひしめき合う住宅地が隣接している。その横には鉄道と運河が走る。高速道路も横切っている。だのに広大な牧草地を手離そうとはしない。

草の生い茂るままにさせている。でも縦横に「パス、フットパス」という小路がめぐらされている。19世紀初頭、地主たちは自分たちの土地を守るためこのパスを閉鎖しはじめた。

パスを通す、通させないでいがみ合い半世紀以上、国会でも侃侃諤々やりあった。通行を要求する人々の大きな論拠として「新鮮な空気」を誰もが享受する権利を訴えた。

草が生い茂り地面も見えないこの小路に数えきれないくらいの人間の英知、美意識、宗教観、健康志向などが渦巻いている。

そう考えると、寒気も去り身体が熱くなってきた。「ます亭」までもう一息である。美味しいビールが待っている。でも、とうていワーズワスにはなれそうにない。
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by oxford-N | 2009-01-27 05:56 | 日々の情景
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久しぶりに面白い古本随筆と巡り合った。古本屋盛衰記とでも言おうか、ほぼ1世紀にわたるニューヨーク古書街の泣き笑いの実話である。

ニューヨークには8百万の通りがある。ユニオンスクエアなどがある4番街の一角に昔から続く古本屋街がある。人が名づけて「ブック・ロー」(古本屋通り)という。

世界的に有名な古書店ストランドもこの一角を占めている。「ストランドは危険な場所だ。2時間足らずで店から出られることはありえないから」とブックマニアで俳優のリチャード・ギアが言っているように、ジャングルのような本屋である。

このストランド物語も興味をひくが、小さな古書店ピーター・スタマーの物語も中身が濃い。ロシアからイギリス、そしてアメリカへ渡ってきたピーターの身の上話である。

彼は古本屋を開業する前、タイプ職人であった。オスカー・ワイルドの「レデイング獄舎の唄」アメリカ版を製版したのはピーターであったというから、ここからすでに古本とは靱帯で結ばれていた。

彼の古本屋としてのやり方は顧客として民間企業、公立図書館、大学図書館を取引相手にしていた。確実な商取引が期待できるからである。

では買い入れはどうかというと、小さな古書店をこまなく歩いて背取りする仕入れをしていた。古書店にこそ古書が宿るという哲学があったからである。

古書業者としての何よりの強みは、本の表よりも裏に潜んでいる情報に明るかったことがあげられる。

誰も見向きもしなかったスコットランド女流詩人を大切にした。じつはその詩人は「女性」ではなく、男性で、有名な革命詩人の「ペン・ネーム」であることを知っていたからである。

これでもかというくらい興味津津の話が満載である。近所の古書店にて2ポンドで購入。
Marvin Mondli & Roy Meador, eds., Book Row (New York: Carroll & Graf, 2004)
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by oxford-N | 2009-01-26 18:43 | 古本
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大統領夫人であるファースト・レディについても面白いデータ―がそろっている。

第44代大統領オバマまででファースト・レディも44人と思いきや、そうではない。46人いる。存命なのが7名で、存命中の元大統領5名に対し、やはり女性は強い。

この「ファースト・レディ」という表現は1849年から呼称されているが、それでも在職期間中に3名が亡くなっている。

ファースト・レディのなかで、ホワイト・ハウスで結婚式をあげた人が1名いる。逆にホワイト・ハウスでアルコール飲料を禁止した夫人もいる。そのため「レモネード・ルーシー」という仇名がついてしまった。

ファースト・レディの華やかな面ばかり伝わるが、知性あふれる女性もいる。フーヴァー大統領夫人ルーがその人で、地質学者にして、エジプト考古学にたけ、大統領とは中国語で会話したという古典学者でもあった…参りました。
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by oxford-N | 2009-01-26 07:15 | 日々の情景
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さすが「伝記の国のお国柄」というべきか、大統領情報もひと味ちがうようだ。興味深いデータ―をよくぞここまで集めたものだ、とため息が出るくらいそろっている。

父とともに息子が大統領になった人は2人いるが、孫でなった人はいないだろうと思っていたらなんと1人いる。9代大統領と23代大統領の関係がそうである。

オバマ大統領の署名をする写真で分かったが、「左利き」である。そのような大統領は歴代7名いる。「両手づかい」は1名出そうだ。

「結婚」については次回のファースト・レディでふれるが、未婚のままの大統領は1名いる。小泉元首相のようなものか。

数字データ―がこれまたすさまじい。ルーズヴェルト大統領が1940年というように、選出された年の末尾が0で終わる大統領は10名いる。

子供の数がもっとも多い大統領は第10代大統領で、15人もの子供をもうけた。

大統領の存在は偉大ゆえ、名前が因まれてつけられる場合が多い。州の名称になった大統領は24名にものぼり、山の名称は14名が因まれている。

アメリカ史を暗くするのが大統領暗殺であるが、これまで4名が犠牲になっている。暗殺されかけて生きながらえた大統領は7名にものぼる。

とりわけリンカーン大統領とケネディ大統領にまつわる「数字の因果」は有名である。議会に選出された年が前者1846年に対し後者1946年である。

また、大統領に選出された年は、1860年に対し1960年である。両大統領ともに「南部の出身者に、頭部を撃たれ、職務中に暗殺された」。しかも同じ金曜日であった!

両大統領が暗殺後、すぐに任命された次期大統領の生年は、前者1808年であり、後者は1908年であった。

ともに暗殺犯の名前は3つからなり(「リー・ハーヴェイ・オズワルド」というように)、ともに裁判前に殺害されている。

リンカーン大統領は「フォード・シアター」で暗殺され、ケネディ大統領が暗殺されたときに乗っていた車は「リンカーン」で「フォード」社が製造した…参りました!
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by oxford-N | 2009-01-24 16:48 | 日々の情景
新聞は大統領就任か金融危機ばかり報道するので面白くない。そこで久しぶりに映画でも、とあいなったわけだが、これがよかった。
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タイトルは「ブルージュにて」というB級映画だがなかなかいい。ドタバタのなかに<生/死>の問題がしっかりと植えつけられているからだ。

昨年の夏、ブルージュへ行ったとき、ここで撮影が行われたというレストランで食事をしたが、そんな観光コースもしっかり組み込まれている。

では、なぜブルージュか? <生と死>というテーマをくっきり浮かび上がらせてくれる都市だから、と応えておこう。その点、あざというくらい計算しつくされている。

思い起こせば、わが大正時代の文学青年の心をブルージュがとらえたのも「このテーマ」であった。もちろんローデンバックという詩人を通じてのイメージである。

「ふらんすへ行きたしと思へども/ ふらんすはあまりに遠し」と朔太郎が歌ったように、ベルギーのブルージュも本当に遠かった。

でも日本から半日で来られるようになり、ブルージュが「ご近所」になった現在と、夢のなかの都市のままであった明治、大正時代と、ブルージュはどのように変わったのであろうか。
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ブルージュの街を縦横にめぐる運河の流れまで思い起こさせてくれる味わいのある映画である。
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by oxford-N | 2009-01-23 16:57 | 日々の情景
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古書店の主人が「東洋語の本」が店に出ているというので見たら、何と「日本語の本」であった。ざっと眺めてみると均一台でも売れ残るようなタイトルばかりである。

どのような方が置いていかれたのか見当がつかない。「若い詩人の肖像」や「歴史文学論」などの渋い選書があると思えば、まったくちがう本が多く交じっている。

親子二代の蔵書かもしれない。いずれにせよ、「漢字書き順字典」は泣かせる。英国に連れてきた子どもに「漢字」を忘れてはいけないと思い、親は教えようとしたのであろうか。

どなたか推理してみてください。

店の人はさっぱり何が書いてあるか分からないという。それでもいつの間にか2、3冊が売れているところを見ると、やはり読む人がいるのだろう。

外国にいると無性に日本語が急に読みたくなる時がある。そんな発作を抑えるために誰かが買って行ったのであろう。

「書き順字典」だけは日本語を学ぼうとする英国の人に買ってもらいたい。そして漢字のすばらしさを分かって欲しい。

エズラ・パウンドならきっと買うのにと夢想した。さてどんな人が買うのやら。楽しみだ。
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by oxford-N | 2009-01-22 06:18 | 古本
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『リットン・ストレィチ書簡集』――純白の美しい本である。ラッパーのカリントンが描いた「読書をするストレィチ」もよくマッチしていていい。近所の2ポンド書店で購入。

ストレィチは岩波文庫の『ナイチンゲール伝その他』でよく知られた伝記作家である。寡作なので著作はほぼすべて日本語にうつされている。大正期から紹介されている。

『書簡集』はゴシップの塊と言ってもよく、次からつぎへと人の噂と陰口のオンパレードである。でもこれらが「芸」に昇華されるのだからさすがは伝記作家はちがう。

芥川が「河童」の粉本に使った『エレホン』(どこにもない国)の作者サミュエル・バトラーについて、ストレィチは友人に長い手紙を書き送っている。

バトラーは逆ユートピアの作家だけあり、通説に何でも異を唱える。シェークスピアのソネットを並べ替え、同性愛のテーマをあぶり出し、ダークレイディの正体に迫った。

『オデッセィ』の作者はシシリアの若い女性であるという異説をぶちあげたかと思うと、進化論を熱烈に賛美しダーウィンを困らせたりした。

ストレィチはそんなバトラーを、「知性あふれ、筆が立つすぐれた文人だが、自分で限界をつくってしまう人間だ」とあっさり人物評価を言い渡している(1912年12月1日付)。

伝記がほめそやすばかりの道具であったのを、対象を否定することで「新しい伝記」を創り出したストレィチだけに、さすが鋭い洞察である。

ここで、ストレィチに「お見事、座布団一枚!」とか「芸が細かい!」とか、掛け声が欲しいところだ。
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by oxford-N | 2009-01-21 06:05 | 古本
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最近読んだ本のなかで本書は出色だった。ヴァージニア・ウルフへのアプローチはポスト・モダーンで、というのが相場であった。

そんな中、十分書きつくされたと思っていた領域で、しかももつとも「古い」伝記的アプローチで本書は書かれている。

視点が斬新である。主従関係ゆえに視点は上から下へ、つまり雇用者の主人から召使を見るという方向性を「無化」させた。

と言って、カズオ・イシグロの『日々の名残』のように召使に視点が定められているわけでもない。主人と召使を対等の「視線」で見ようとする。ともに女性だからである。

著者に言わせれば、従来、「声」をもたなかった召使を歴史によみがえらせ、女性史の大きな欠落部分を埋めるというのである。

周到なリサーチにより、その意図はみごとに達成されている。1941年にウルフが自殺して1年もたたないというのに、夫レナードがメイドに求婚した事実に驚かされた。

それにしても女主人は何もしない。掃除、洗濯、食事の準備、買い物、庭掃除、一切しないのである。当時はベッドに下に小用をたす「便器」を置いていたが、その交換もメイドがする、毎日かならず。

結果、主人は料理ひとつできない女性になる。ビートン夫人の『家政書』に「召使」の項目がこれでもかというくらい長々と書かれていたのもこれでわかった。

著者アリソン・ライトはBBC放送局に勤めている。祖母がメイドであったという。さわやかな読後感をもたらしてくれる。これは良書の証である。
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by oxford-N | 2009-01-20 16:06 | 古本