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古本とビールの日々


by oxford-N

オックスフォード便り 172 「イギリス人論」

社会が不安定になると人はアイデンティティを求めるようになるのか、最近イギリス人によるイギリス人論が目立つようになってきた。
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そのなかでも秀逸な出来と思われるのはペンギンブックスから出たジョン・パックスマンの『イギリス人』である。2007年度の出版。翻訳されるとかなり支持を受けるだろう。

どこがおもしろいかを端的に示すのは著者自身が「特徴的な問い」立てるところからはじまっている。

「イギリス人はセックスや食べ物について一風変わった姿勢でのぞむのはなにゆえか?」というような問いに具体的に応えていくところであろうか。

かつては「紅茶を愛飲する国民」式の図式で分かりやすい国民性であった。だが大英帝国が凋落して、ヨーロッパの一員に溶け込みだしてから見えにくい国民性になっていく。

パックマンによれば、暑すぎもせず、寒すぎもしないその気候が示すように、イギリスは中道の国であるという。中庸と言い換えてもいい。

この極端に偏しない特徴ゆえに芸術の面からみると熱情にかけ、煮え切らない中途半端なものに見えてくる。長所は短所にもっとも変わる要素なのである。

国民性というつかみどころのないヌエのような存在を示そうと、著者は数々の具体的な例を示し説得力を増していく。

でも例示が幾世紀にもわたるようなものは逆に現代生活に添わず、効果を裏切る場合もなきにしもあらず、である。

もっとも問題なのは「ミドルクラス」にベースをおいてしまっているために、労働者階級や上流階級の層が見えにくくなってしまっていることであろうか。

それでも「国民の肖像」を描きあげるのに成功していると思う。テレビ畑から出てきた人だけにきわめて明快な線で描き分けられている。

本書からこぼれ出てくるイングリッシュヒュマーの健在に、読者はイギリス人論を堪能した気持ちに浸るであろう。

ペンギンブックスでの本書の分類は「伝記」である。これもきわめてイギリス的である、と言えなくもない。
by oxford-N | 2009-01-07 08:59 | 古本