人気ブログランキング | 話題のタグを見る

古本とビールの日々


by oxford-N

オックスフォード便り 215 「オークション一直線」

ボナムスが新装されてから初めてのオークションがあった。市内から離れた辺鄙なところだが、古本マニアは距離などものともしない。何かに取りつかれたように古書に群がっていく。
オックスフォード便り 215 「オークション一直線」_b0157593_674754.jpg

これという超豪華本は出品されていないが、どれも粒ぞろいである。このようなオークションが一番困る。値段がそこそこ出てしまい、安く落ちないからである。

悪い予想はすぐに的中した。しかも電話、メール入札が殺到しているらしく、どれも予想値を少し上回るくらいの値段からのスタートである。

2、3の寄りつきがあり、すさまじい速度で次々と本は入札されていく。今回はどうしても死守しなくてはいけない本が3点ある。値段がどうのと言ってはいられないのである。
オックスフォード便り 215 「オークション一直線」_b0157593_684775.jpg

その1点にジョン・ケアリが制作した英国道路案内がある。ロンドンから任意の土地までの距離と十字路が記されている18世紀の道路地図である。

鉄道以前の交通が優雅な時代と思ってはいけない。逆に郵便馬車や荷馬車が往来した騒がしい時代なのである。

前者はターンパイク道路という、今日でいえば高速道路の料金徴収所のようなものだが、有料道路の値段設定のためかなり正確に測量されている。

後者は旅人が方向を間違わないように記載される。文字通り分かれ道である。またこれが無数に存在しているため、どの道にするか、旅人の導き手であった。

4冊まとめての出品である。1冊は元版で、地図つきである。それに第4版がつき、さらにヴィクトリア朝のピアーソンの道路案内も付いている。

案の定、電話入札がありその値段から競争がはじまった。10ポンド刻みであげていく。競争相手を見たら負けである。目おおいをした競馬の馬のようにオークショナーの競り声に集中し、いっさい横は見ない。

耳が身体全身になってしまっている。予想値の上限にすぐに達した。競り値が更新されていうごとに脱落していくものの気配を感じる。

ため息や落胆の声が漏れ聞こえてしまうからである。どうやら競争相手は一人に絞られたようだ。

オークショナーの指が私ともう一人を指し、右へ左へと揺れる。「降りてくれ」と内からしぼり出るような切ない声が聞こえてくる。

と同時に、「面白い、やってやろうじゃないか」という闘争心むき出しの声も耳元で響く。もう相手との競り合いではない。このふたつの声のどちらが制するか、内なる自分の戦いであった。

オークショナーが私を指し番号を読み上げている。「終わった」…言いようのない虚脱感に襲われる。奪い取った喜びなどどこにもない。落札価格もどうでもよい。

こんな勝者ってあるだろうか…。全身疲労につつまれていた。次の品目の競り声が遠くで聞こえていた。
by oxford-N | 2009-03-02 06:09 | 古本