古本とビールの日々


by oxford-N

オックスフォード便り 41 冬の海にかかる霧

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オックスフォードでは朝晩が冷え込みまだセーターをはなせないというのに、花の都ロンドンにでてきたら季節は夏にかわっていた。エロスの像は世界中から押し寄せた観光客に占拠されてしまっている。人の群れは見ているだけで暑苦しい。

ロンドンでの目的はただひとつ。ナショナル・ポートレイト・ギャラリィで開催されている『ウィンダム・ルイス肖像画』展を見るためである。会場へ入るなり圧倒された。やはりモダン・マスターの名に恥じない迫力である。

ルイスは同時代の『詩と詩論』のころに渦巻き派(ヴォルティスト)と紹介されて以来、前回の集英社世界文学全集のイギリス篇に作品が収録されたくらいで日本での認知度はほとんどない。モダニズム・ファンにとっては思潮社からでた『ター』の作者といえば分かりよいだろうか。

ルイスはイギリスのモダニズムがピークにさしかかる、ジョイス、パウンド、エリオットなどの、いわゆる「1914年組」のひとりであった。「敵」と自称して、同時代の政治、文学、美術をたえず「微温的である」と批判し、文壇、画壇を震撼させた。

『ダロウエィ夫人』を『ユリシーズ』の模倣作であると批判されたV.ウルフは寝込んでしまったほどである。そんな犠牲者は後を絶たなかった。批判され、頭に血が上ったヘミングウエィなどはルイスの本を破りすて、出会ったら殴りつけてやると息巻いた。でもそれほど「口は悪いが」的を射ていたのであった。

『西欧人と時間』では現代の芸術家はあまりにも時間にとらわれ過ぎていると批判した。時間に拘泥するのは稚戯に等しいというわけである。だからガートルード・スタインやプルーストはその最先端であるゆえに真っ向から否定される存在であった。つまり今日古典と称されている作家、作品にすべて「否」を突きつけたわけである

文学・美術にまたがる旺盛な創作活動はまさに現代の「ミケランジェロ」の名をほしいままにした。後期印象派と称する、ピカソなどの画風をまねた立体派がイギリス画壇に出現したが、時の試練に耐えたのはただルイスひとりだけであった。彼は同時代の亜流作を「チョコレートのパッケージ」と蔑視していた。

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絶えず攻撃ばかりしているものは孤立する。ジョイスだけを認めたが最後には袂をわかってしまう。そんなルイスの前に英雄のように立ちはだかる人物が出現した。まだ頭角を現して間もないヒットラーである。

ヒットラーを賛美した批評書を3冊ほど書いてしまう。実像が見えかけあわてて訂正しようとしたが時すでに遅し。事実上、イギリスから追放され、カナダで流浪の身となってしまった。ムソリーニを賛美したパウンドと同じ命運をたどったことになる。

晩年はイギリスへ戻ったが、視力が衰えだし、やがて完全に失明してしまう。その時、週刊誌『リスナー』に発表した短い記事は同じルイスかと思うくらい穏やかさに満ちていた。題して「冬の海にかかる霧」。しだいに視界が立ち込める霧のように朦朧となって闇へとかわっていく様子を淡々と描いている。画家という「眼」の人であるだけに痛ましい。

次回は肖像画の代表作をとりあげてみよう。(N)

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by oxford-N | 2008-07-10 20:38 | 古本