古本とビールの日々


by oxford-N

オックスフォード便り 36 市民の機械

b0081843_8545758.jpg


よぼよぼのむさくるしい爺さんが、ある日、神々しい存在へと変貌する。「ここにおわすはどなたと心得る、頭が高い、控え…」、ご存知、水戸黄門である。ご老公が出現したような事態がおきた。いつも顔をだしている近所の古本屋が、じつは国際組織を動かしているような一大シンジケートの先兵であったらどうする?

なじみの古本屋オックスハムがレジでこのようなパンフレットをくれた。何気なく開いてみると、JAPAN の大きな字が躍っている。おお、何だ!?とおもって中の説明をみると、7月8日から北海道で行われるG8に向けて、決起せよ、という呼びかけではないか。

この「柳」のように見えているのはじつは「笹」なのである。G8が開催される7月7日は、日本では伝統行事の七夕にあたる。願いを書いて笹にくくりつけると、望みがかなうという。日本の伝統行事のひそみにならい、われわれも「お願い」を書こうではないか、という趣旨。七夕に願いを〈掛ける・賭ける・書ける〉なんて心憎い。

家庭から出た不要な本をちまちま集めて、整理して、売っているだけと思いこんでいただけに、こんなに大きな組織の一部とは思いもよらなかった。貧困を根絶せよ、貧しい人たちを救え、温暖化に歯止めを、大資本の横暴を許すな、不要な服を回収して貧困にあえぐ人を救おう、何よりも「人間」であれ、…古本販売もその一環だったのだ。

日本の古本屋でG8に物申す古本屋なんているだろうか。それだけでも頼もしい。

すっかり感服してしまったので、別に自分が悪代官になったわけでもないのだが、今日は表紙裏に書かれている値段を見ないで、気持ちよくレジにさっと(このタイミングが大切)本をさし出し、言い値で黙って本を買おうと思った。10ポンドという返答。(情けないかな、ここで「安い!」と思ってしまった。じつは15ポンドと内心ではふんでいたから)。

b0081843_8551875.jpg


土木(civil engineering)のことを書いた本にはいつも目がいってしまう。新生日本の草創期に派遣された岩倉使節団はこの英語に適切な訳語をあてられなかった。「市民の機械」、というようなわけのわからない訳語をつけるのが精いっぱいであった。この英語が「土木」という訳語へと結びつくのには、横文字を縦にするだけではすまないからだ。

昔、道、橋などは軍(military)が工事を請けおい、整備していた。産業革命後、軍隊ではなく、民間(civil)が変わって役割をになうようになった。一大変革である。使節団が何のことかわからなくても笑うことなどできない。この「民間」という発想は、蒸気機関車を走らすのと同じようには、簡単に人々のものにはならない。産業革命に直面し、身をもって経験したかどうか、この訳語が問いかけているからだ。

ブルネルやスティブンソンのことを書いた本はあまたある。でもその華々しさに隠れてしまった技師も多くいる。本書(Early Victorian Water Engineers, 1981)はそのような人々をとりあげ、人物と業績を詳しく教えてくれる。じつにありがたい。珍しい図版もふんだんに入っている。水害で流されてしまった村を救おうとダムをつくる話も出てくる。

蛇口をひねったらいつでも出てくる水道水に感謝するまでもないが、せめてどうしてこの水がいつも同じ状態で供給されているのか、それくらいは思いをはせてもいいのではないか。「水に願いを」と短冊につづり、笹にかけようとしても、きっと「どこの飲み屋だ?」としか聞かれないだろう、水といえば、「お水」しか頭にない悪友からは。(N)
[PR]
by oxford-N | 2008-07-03 21:38 | 古本