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古本とビールの日々


by oxford-N

オックスフォード便り 9

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ひとまずオックスフォードにもどり、当地を案内しょう。まず新しい土地に移り、もっとも気をつけることは住居選びであろう。家の選択は古本選びとよく似ている。気をつけないと、ページの上を走る赤線、書き込み、はては乱丁に当たるような事態が生じてしまうからだ。たとえば隙間風が入ってくるというのはページの破れといったところか。でもさすがにこうした欠陥は新しい入居者を迎える不動産屋でも注意している。

では注意を払わなくてはいけないのは何か。それは住環境であろう。10年前、コーパス・クリスティ・カレッジにきた時には大学内に住み、カレッジ・ライフを営もうかと思い、2、3日様子をみたが、もう若くはなかった。のべつまくなしに騒ぎまわる学生たちの近くにいるには年をとりすぎていた。同僚との「お付き合い」もひとつの懸念材料であった。とにかくよく飲み、おしゃべりが大好きなのだから。

そこで選んだのがボドリアン・ライブラリから10分程度で通える閑静な土地であった。10件くらい不動産屋とまわった最後の物件に15世紀の厩舎を改造した家屋があった。住所表記も Old Stables であった。馬が住んでいたところに人間が住むのかと反発を覚えたが、花を満開にした大きなしだれ桜の木に迎えられたとき、即座に「ここにします」と即決した。大正解であった。来訪した人たちが「よくこんな場所を見つけたなぁ」と褒めてくれた。古本でいえば、掘り出し物ということか。

今回も先例に倣おうとした。でも同じ地域を繰り返すのでは面白味がない。だが現実問題として、静かな環境を念頭においたとき、どうしても郊外に行かざるを得ない。大学、図書館へはバスなしで通いたい。この二律背反が悩ましいところである。それでも忍耐を重ね、両者を立てるような場所をついに探し当てた。探していた本と巡り合ったというところか。ジェリコ(Jericho)という街である。トマス・ハーディの『ジュード』の舞台となった場所としても知られている。この作品を顕彰し、同じ店名のパブが目抜き通りにあるくらいだ。一人の青年が挫折を繰り返しながら人生を歩んでいく物語である。ぴったりではないか。

パブと言えばコミュニティの中核になる。町中が寄りあう場所である。ごく近所にあるパブの店名が Old Bookbinders という。また気に入ってしまった。新しい物語が生まれてくる予感がした。店に置き忘れ去られた本が棚に無造作に並んでいる。なぜかチャールズ・キングズレィの本が多い。今でも『水の妖精』は阿部知二の訳で出ているはずだ。常連のなかに愛読者がいたのだろう。「読みたいので貸してくれないか」と尋ねると、「誰も読まないから持っていっていいよ」という素気ない返事。またまた気に入ってしまった。このようにしてオックスフォードの生活がはじまった。(N)
by oxford-N | 2008-05-27 11:34 | 古本