古本とビールの日々


by oxford-N

オックスフォード便り 46  「フロイト全集」

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ホガース・プレスの半世紀以上にわたった最大の事業は『フロイト全集』の刊行であろう。1924年は「精神分析叢書」の助走開始の年であったかもしれない。ブルームズベリィ・グループのメンバーがこぞってフロイトに関心をいだきはじめた年でもある。

美術批評家のクライヴ・ベルが「芸術家と精神分析」を雑誌『ネーション』に、ロジャー・フライが『芸術家と精神分析』をホガース双書の1冊として発表した。後者は長谷川天渓によって訳出され、ほぼ同時に日本にもいち早く紹介された。天渓はルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』を日本で初めて訳した人でもある。

ヴァージニアの弟エイドリアン・スティーヴンは、ジェイムズ・ストレィチとともにウィーンでフロイトから精神分析法を施され、精神医になる。ウィーンとロンドンが急速に接近しはじめたのである。

この「大胆な企画」は同じホガース・プレスの共同者である夫のレナードが立案したものであった。フロイトが癌で亡くなる8か月前に二人で、マレスフィールド・ガーデンズのフロイト宅へ訪問している。

初対面のフロイトは「驚くほどの儀礼的な」あいさつで二人を迎えた。妻のヴァージニアに花を贈ったという。二人がそれぞれ印象的な記録をとどめているが、フロイトに「休火山のような人間性」をみとめ、「うわべはやさしいが裏に秘めた強さ」を感じとっている。

書斎はフロイトが収集したエジプトの古物であふれかえり、まるで「博物館」のようだった。ふたりともユダヤ人であるためか、ヴァージニアは「第1次世界大戦でわれわれが勝たなければ、ナチスもヒットラーもなかったのでは…」とフロイトに問いただした。

フロイトは言下に、「そんな考え方はまちがえている。ドイツが勝利をおさめていても、かならずナチスとヒットラーは台頭してきたはずだ」と応え、「もっと事態は悪化していたであろう」と断言した。

今日、日本語ではカタカナで表すくらい定着していることばに「アンビヴァランス」という単語がある。これは精神分析用語からきていて、「二者択一をしかねる態度」をさすが、ウルフの小説の特徴はまさにこの一語で特徴つけられる。

ウルフが精神分析から影響を受けたかどうかという問題を追究してみたところで、何もえるところがなかろう。かつて影響問題で、やれプルーストからだとか、ベルグソンから「意識の流れ」を学んだ、と喋喋されたことがあったが、まったく時間の無駄であった。創作の「影響」については、そんなに簡単に割り切れるものではない。とかく対角線を引き結びつけたがる風潮があるようだ。

ともあれ、『フロイト全集』は1953年から刊行されはじめ、1974年に完結した。ヨーロッパ言語同士で翻訳しやすいようであるが、大変な苦労があったという。1922年から1937年にかけて、精神分析の論考を英訳してきたジョアン・リヴィエールは「新しい概念」を移入する困難さを語っている――

精神分析用語に相当する言葉がまず英語にはないこと、それに性的な事柄を極端につつみかくそうとし、個人的なことには神経過敏になる国民性が災いして、「感情表現」をドイツ語から英語へと移しづらかった事情をあげている。

ウルフが亡き後に完成した事業であったが、人間の精神を追究しようとする営為であることには、小説であれ、精神医学であれ、変わりはない。(N)
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by oxford-N | 2008-07-18 06:06