古本とビールの日々


by oxford-N

オックスフォード便り 49  「オックスフォード出版」

b0157593_527545.jpg


近所のパブを詳しく書いて、自宅からほぼ同じ距離にあるオックスフォード大学出版局のことを無視しては申し訳ないので、いそいで報告しよう。日本でも辞書、学習参考書、教材でおなじみの出版局であるが、出版文化史の上からみても興味深い示唆を与えてくれるだろう。

何人かの放浪してきた学者がここオックスフォードに集まりはじめたのはかなり古くからではあったが、最初にオックスフォード大学出版局から本が出版されたのは、1478年のことであった。この書影は1978年に出版500周年を記念して出された、その歩みをしるす図録である。

イルカをあしらったエンブレムは出版局が順風に進んできたようにみえるが、その形を整えたのは、およそ17世紀のころであった。いろいろな人物が志をかかげて、出版の理想を実現しようとしたが、現実の壁に頓挫せざるをえなかった。

大学出版局の基盤をきづいたのはクライストチャーチのジョン・フェルであった。1636年のことである。軌道に乗るのはやはり18世紀までまたねばならなかったが、それでも今日の学術出版と聖書刊行の原型は彼の手によってつくられたのである。

大学行政に手腕をふるったフェルは出版に大学の理念を求めた。学内で使用されていない建造物を印刷局に変え、ロンドンの出版社とも提携をして、いよいよ本格的に出版にのり出そうとしたのだが、使用にたえる活字がみつからない。

当時、ヨーロッパで最高の活字を鋳造できたのはオランダであった。遠路、オランダまで活字を求めたのはいうまでもない。最上の活字は入手できなかったものの、欲しかったフォントはとにかく得られたのであった。

それでも妥協を知らないフェルは再度、人をオランダに向かわせ、4種類のフォントを入手した。そのうちの3種類が今日でも出版局に保管されている。図版2はその一部である。

b0157593_5274630.jpg


図版3は組版であるが、右端の細長い棒状のものに注意してほしい。これは職人が使ったロウソクである。冬は昼の3時ころから暗くなるような土地柄であるので、ロウソクは欠かせない。

b0157593_5282884.jpg


ただロウソクがともしたのは職人の手元だけではない。この灯はゆらぎながらもほぼ500年の歳月をえて、消えることなく、〈人間の知〉を確実に伝えてきたのである。そのように考えると、このか細いロウソクは、この出版局に集った出版人の理想を結集した「ともしび」でもある。(N)
[PR]
by oxford-N | 2008-07-22 05:29 | 古本