古本とビールの日々


by oxford-N

オックスフォード便り 51  「森嶋通夫先生」

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ボドリアン・ライブりィの閲覧室で記事を探していたら、『ブリティッシュ・アカデミィ会報』が並んでいるのが目に入った。何気なくその一冊をとりあげ開いてみると、森嶋通夫先生の遺影が出てきた。
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経済学者として著名だが、岩波新書の『日本とイギリス』の著者としての方がよく知られているのではないだろうか。先生が文化勲章を受章されたとき、お祝いの会で初めてお目にかかった。

父が小学校時代同級生であったため、代理で出席したのである。当時の担任、校長先生も列席されてにぎやかな会であった。

担任の先生が、「君はもうひとつ印象に残ってないが、夏休みの日記帳のヨットが水平線から帆を膨らませて走ってくる描写はよく覚えているよ」と思い出を語ると、森嶋先生は恥ずかしそうに下を向き笑っておられた。

食事が始まり、おしぼりが各人に配られた。おしぼりが珍しかったのか他の人が使うのをじっとみつめられていた。ところが拭きおわるや、そのおしぼりを中央においてあった籠を目がけて投げつけたのである。その動作に海外が長いのだなぁと妙に〈寒心/感心〉してしまった。

先生も少し酔われたのか、赤い顔でお子様の話をなされた。「お子様はご家庭では日本語と英語どちらを使われているのですか」と質問したところ、「できるだけ日本語を使うように言っているのですが、学校へ行く時、『いただきます』なんて挨拶するものだから、困っていますよ」、と顔をほころばされた。

誰かが勲章授賞式の様子を尋ねったとき、だされた料理から説明を始め、笑い話をひとつ交えられた。森嶋先生が式の最中に後ずさりをしたとき、同じく出席していた総理大臣の足を踏んづけてしまった。今の総理の父上である。とっさに英語で、「ソーリー」と謝ったら、踏まれた主は「ハイ、私、総理の福田です」と応えたという。座が笑いに包まれたのは言うまでもない。

『会報』は先生の輝かしい経歴を紹介している。京都大学、大阪大学で講じ、日本の大学特有の「わずらわしさ」がいやになり、エセックス大学へ移籍したとある。ロンドン大とオックフォード大を兼任されていた。

京都大学経済学部の卒論審査の模様を先の会で話された。3人で審査をして評点を下すシステムであるという。ひとりの老教授がいつも超然としているので、「どのように評点をだされるのですか?」と質問したところ、黙して語らず。だが、いつも老教授は3人の中央に腰を降ろすことに気づいた。

まずこの位置が疑問であった。その後も観察を続けていると、よく左右を見まわしている。そして何気なく隣の点数をのぞきこんでいる。老教授は審査にも評点を下すことにも関心がないのである。

つまり老教授は左右をみて、その平均点を自分の評点にしていたのであった。左右が80点、60点とすると、老教授は70点をつけるわけである。森嶋先生は老教授の「教育的配慮」にいたく感動した、という。
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「ロンドン大にいますから、いい図書館があるのでいつでも来なさい」とご親切にも誘ってくださった。でもなぜか敷居が高く、ついに一度も訪ねなかった。先生の遺影をみていると、「一度は行っておくべきだった…」、と後悔が胸をよぎったとき、閉館10分前を知らせる合図が閲覧室に鳴り響いた。(N)
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by oxford-N | 2008-07-25 05:18 | 古本