古本とビールの日々


by oxford-N

オックスフォード便り 54  「ベケット 回想 ベケット (1)」

b0157593_1449453.jpg

「城の見える古書店」で求めた1冊(James and Elizabeth Knowlson, ed., Beckett Remembering/Remembering Beckett, 2005) を紹介しよう。本書は、サミュエル・ベケットへのインタヴューと友人のベケット回想の2部からなっている。編者は『ベケット伝』のノールソン。

第1部はベケットの生涯を時間軸で追っていく構成で、家族、友人、影響を被った作家、出来事などどれも興味深い挿話がつづられていくが、ジョイスとの出会いは決定的な意味をもつようだ。

若いベケットにたいしてジョイスは親しみを寄せて、『フィネガンズ・ウェイク』の一節を朗読してくれたりした。最初にふたりを結びつけたのは共通点が多かったからだ。同じようなアイルランドの大学で学び、フランス語、イタリア語で学位をとり、話題はダンテが中心になった。

年令の違いもあるのか、ジョイスにとってベケットは気を許せる相手であった。食事前の散歩の相手というように。若者は全身全霊でもって相手を敬い、もう一方は若者を気に入っていた。

お互いピアノが共通の楽器であった。ベケットがジョイス一家の前で独奏すれば、次にはジョイスが得意のテノールをふるわせ、ピアノにあわて歌い出すというように――

Bid adieu, adieu, adieu
Bid adieu, to girlish days.

ベケットは作家になれなければ作曲家になりたかった。作曲家にもなれなければ、芸術の方面に進むのは断念しようと考えていた。

創作への態度が両者はまったくちがった。ジョイスはつねに「つけ加えていく」作家である。どの原稿ゲラをみても、推敲は後から後から添加、追加の連続である。この点がベケットとは決定的にちがう。

ジョイスからは自己の芸術に邁進する態度を学んだが、「統合」を第一義にするジョイスにたいして、ベケットはまったく対極に立つ。ジョイスは人間の営みすべてを2冊の本に投入したが、ベケットは本質に行きあたるまで「分析」の魔と化していく。

以上がベケットに引き寄せたジョイス像であるが、ベケット自身も気づかないレベルでジョイスの影は彼のなかに深く食い込んでいた。晩年はその影からのがれるために悲惨な努力を強いられることになる。
b0157593_14505667.jpg

ベケット特有の「まなざし」はラッパー写真からもうかがえるが、この鋭さは動物的である。となりの猫の目とよく似ているのに気づき、以後、その猫を勝手にベケットと呼んでいる。猫にとっては迷惑だろうか。 (N)
[PR]
by oxford-N | 2008-07-29 14:53 | 古本