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古本とビールの日々


by oxford-N

オックスフォード便り 136 「冬の花火」

大本命は、湖水地方に観光ブームを初めてひき起こすガイドブックを書いたトマス・ウエストの『ファーネスの古美術』である。1774年刊行。(右から4番目)
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予想価格は80から120ポンドである。妥当な価格だが、この価格ほ自分にとっては「無い」のも同然であった。500ポンドでも入れる覚悟があったからだ。

なぜウエストはガイドブックをあのように巧みに書けたのか、本書とガイドブックとのつながりを知らなくてはならいので、ツーリズム文化史をリサーチするにはどうしても必要な文献であった。

ウエストの直前に、ヴィクトリア時代に出た大部な『インペリアル・ディクショナリ』2巻があった。この辞書はヴィクトリア朝のものを読むとき、威力を発揮する。同時代の語彙を丹念に収録してあるからだ。(写真中央の2冊)
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でもこの辞書にだれも手をあげなかった。オークショナーは都合上、つぎのウエストの抱き合わせにしてオークションを開始した。最初は20ポンドの値段からはじまった。

最初は4、5人が声をかけた。30ポンドのところで垂直に手をさっとあげ、強く意思表示をした。手をあげたままで下ろさなかった。

オークショナーは、35ポンド、と声をあげ、左右を見渡している。挙手したままという、誇示行動が効いたのか、誰も声をださない。

心のなかで「電話よ、鳴るな」と祈った。電話入札に奪われた苦い経験がある。その時、35ポンド!」というオークショナーの小槌が場内にひびきわたった。
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「やった!」という歓びよりも、呆然としてしまい、何やら疲労感が身体じゅうに広がってきた。緊張から解放されたせいだろう。でも「よかった…」

まだ30点ほどのロットが残っていたが、支払いのとき長蛇の列ができるので、早めに引き取りに行き勘定を済ませた。

帰宅するとうれしさが込み上げてきた。心底、よかったと安堵がもれた。午後7時に友人とパブで食事の約束をしていたので、近所のパブへ向かった。

パブにつくとテレビで中村俊輔がシュートの解説をしている。日本語でしゃべっているから英語の字幕が入る。どうも妙な感じだ。

友人に向かって、「今日はご馳走するよ」と呼びかけると、「おお、何かいいことがあったな」と笑顔で返してきた。
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オークションの顛末を報告すると長くなるので、「オックスフォードへきて、一番いいことだったかもしれないいなぁ」とつぶやくと、「じゃ、俺がおごるよ」と言ってくれた。

パブから外へ出ると、花火が冷たい夜空をゆらしている。ガイホークスの日を祝う花火までが祝福してくれているように耳に響いた。
by oxford-N | 2008-11-06 21:15 | 古本